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よみものどっとこむ

第93回

258話~260話

2016.12.06更新

読了時間

【 この連載は… 】 毎日数分で「東洋最大の教養書」を読破しよう! 『超訳 孫子の兵法』の野中根太郎氏による、新訳論語完全版。読みやすく現代人の実生活に根付いた超訳と、原文・読み下し文を対照させたオールインワン。

258 口は災いの元


【現代語訳】

南容(なんよう)は詩経(しきょう)にある白圭(はくけい)の詩(大雅、抑篇)を何度もくり返し口ずさんでいた(白圭の美玉は、もし欠けても、磨いてもとに戻せるが、人の言葉の過ちは、一度口にしたら取り返すのが難しいという内容の詩)。孔子先生は、このように言葉を慎むのであれば大丈夫と思い、兄の娘を嫁にやられた。


【読み下し文】

南容(なんよう)三(み)たび白圭(はくけい)復(ふく)す。孔子(こうし)、其(その)兄(あに)の子(こ)を以(もっ)てこれに妻(めあ)(※)わす。


(※)妻……「めあわす」で嫁にやることをいう。


【原文】

南容三復白圭、孔子以其兄之子妻之、


259 亡くなった優秀な弟子を思い出す


【現代語訳】

魯の大夫(貴族)の季康子((きこうし)が、「門人の中では誰が学問好きですか」とたずねた。

孔子先生は言われた。「顔回という者がいて、学問を好んだのですが、不幸にも年若くして死にました。今はこの世にはおりません」。


【読み下し文】

季康子(きこうし)問(と)う、弟子(ていし)孰(たれ)か学(がく)を好(この)むと為(な)す。孔子(こうし)対(こた)えて曰(いわ)く、顔回(がんかい)なる者(もの)有(あ)りて学(がく)を好(この)む。不幸(ふこう)、短命(たんめい)にして死(し)せり。今(いま)や則(すなわ)ち亡(な)し(※)。


(※)今や則ち亡し……121話での魯の哀公の問いに対する答えと同じだが、哀公には「怒りを遷さず、過ちを弐びせず」などが加えられているが、季康子に対してはこれがない。これをどう解釈するかは、いろいろな見解で分かれている。まったく気にしない説、哀公は君であり、季康子は大夫で次なる質問を待ったという説、哀公に戒めて言ったという説などがある。


【原文】

季康子問、弟子孰爲好學、孔子對曰、有顏回者、好學、不幸短命死矣、今也則亡、


260 形よりも精いっぱいのことをやる気持が大切


【現代語訳】

顔淵(がんえん)が死んだ。その父、顔路(がんろ)(※)は孔子先生の車を譲ってもらって、これを売って外棺(そとひつぎ)を買いたいと申し出た。

しかし、先生はそれを断わられて、言われた。「子供に才能があったかどうかは関係ない。確かに顔淵は私の子・鯉(り)(※)よりとても優秀だったろう。だから顔路の気持ちもわかるが、親とすればどんな子であろうと同じようにかわいいものだ。私も鯉が死んだ時、やはり内棺はあったが外棺はなかった。車を売ればよかったかもしれないが売らなかった。というのも、そのころ私は大夫の地位にいたので、車に乗って出所するのが礼であり、徒歩ではいけないということもあったからだ(私は形を立派にするよりも精いっぱいのことをやる気持が大切だと思う)」。


(※)顔路……顔淵(顔回)の父。孔子より六歳年少。孔子の最初のころの弟子の一人と見られている。

(※)鯉……孔子の一人息子。名は伯魚(はくぎょ)。


【読み下し文】

顔淵(がんえん)死(し)す。顔路(がんろ)、子(し)の車(くるま)を請(こ)い、以(もっ)てこれが椁(かく)を為(つく)らんとす。子(し)曰(いわ)く、才(さい)、不才(ふさい)あるも、亦(ま)た各(おのおの)其(そ)の子(こ)と言(い)うなり。鯉(り)や死(し)せしとき、棺(かん)有(あ)りて椁(かく)無(な)し。吾(われ)徒行(とこう)して以(もっ)てこれが椁(かく)を為(つく)らざりしは、吾(われ)は大夫(たいふ)の後(しりえ)に従(したが)い、徒行(とこう)すべからざりしを以(もっ)てなり。


【原文】

顏淵死、顏路請子之車以爲之椁、子曰、才不才、亦各言其子也、鯉也死、有棺而無椁、吾不徒行以爲之椁、以吾從大夫之後、不可徒行也、


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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。著書に『超訳孫子の兵法』、『吉田松陰の名言100』、『武士道の名言100』、『真田幸村の凛とした生き方』(以上、アイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術』(誠文堂新光社)などがある。

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