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第12回

老いとは、安らかに逝くための自然からのギフトである

2018.02.08更新

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【 この連載は… 】 まもなく多死社会を迎える日本において、親や配偶者をどう看取るか。「平穏死」提唱者・石飛幸三医師の著作『「平穏死」を受け入れるレッスン』期間限定で全文連載いたします。
「目次」はこちら

本を「聞く」という楽しみ方。
この本の著者、石飛幸三医師本人による朗読をお楽しみください。

■老いとは、安らかに逝くための自然からのギフトである

 人生、一寸先は闇と言いますが、明日何が起こるかは誰にもわかりません。

 生老病死、まさに四苦です。何が起きるかわからない、楽ではない人生を生きて、まだ時間はあると思っていたのにあっという間に老いて、その間に思わぬ病で苦労をして、結局お終いのときが来ます。

 医学は病気を治し、いのちの危機を救うための科学です。

 老いや死には通用しません。

 最近はアンチエイジングと称したものがたくさん開発されていますが、懸命に若さの引き延ばしを図っているだけであって、老いも死もない世界に連れていってくれるわけではありません。

 みんな、医学がわれわれを死から救ってくれるような錯覚に陥っていますが、医療は先のある人を救うもの、老衰で死に向かう者が医療にしがみつくと、むしろつらい思いをするのです。

 人間の脳がどんなに発達し、素晴らしい創造性を発揮するようになったといっても、結局は自然の一部にすぎません。その自然界の掟、自然の理に抗うようなことをしても、いいことは起きないのです。

 老衰には、部品修理をするような医療は役に立ちません。これまで、さんざん自然の摂理に挑戦してきた私のような人間が、それに気づいたのです。最期はよけいな医療を施さず、自然にまかせていのちを閉じることがいちばん幸せで穏やかなことだと知ったのです。

 老いや死を嫌う現代人は、老衰という言葉も好きではありません。

「これは病気ではありません。老いですよ」と言うと、怒る人がいます。老衰ではなく、何か病名がついていたほうが安心するのです。

 要するに、老いることを嫌っている、否定しているのだと思います。

 しかし、病気でいのちを奪われるのではなく、老衰を迎えられたということは寿命まで生きたということです。老衰で死ぬというのは、まさに天寿を全うしたということ。ですから、老衰で死ねたというのは、幸せなことなのです。

 自然の摂理にまかせれば、老衰の最期は苦しまないということに気づいてから、私は思うようになりました。老衰とは老いの果てです。すなわち、老いというのは、安らかに逝くための自然からのギフトなのではないか、と。

 生き物としての自然な最期を迎えれば、苦しまずに、眠って眠って夢見心地の中でいのちを閉じるのですから、怖いこともありません。

 どうせいつかは死ぬのですから、それまでどう楽しく生きるか、そこに焦点を当てればいいわけです。

 そう考えると、老いを生きるということがとても楽しくなりました。

■死を受け入れる覚悟

 八九歳になる佐々木さん(仮名)は、老衰の階段をゆるやかに降りていました。

 ご主人が一二年前に他界、一〇年前にアルツハイマー病を発症し、六〇代になる息子さんが介護をしていました。少しずつ要介護度が上がっていくなか、転んで右脚の大腿骨頸部を骨折、骨頭置換術を受けました。五年前にホームに入所、いまは要介護度5で、歩くことはもちろんできず、ほぼ寝たきりです。

 食事は全介助で、それも摂取量が極度に減ってきて、体重も減っていました。

 息子さんに「お母さんも最期が近い、覚悟しておきなさいよ」と伝えて、そのときが来たらホームで看取りすることを相談していました。

 そんな矢先です、佐々木さんの体調に異変が生じました。朝食を嘔吐したのです。熱は37.8度、脈拍数は毎分108、ただぐったりとしていますが、呼吸は穏やか、腹部平坦です。

 しかし、私は右手の脱力に気づきました。右脚は神経の異状を示すバビンスキー反射が陽性です。つむっている目を開けてみると、両眼が同じ方向を向いたままである共同偏視が確認できました。右の脳に異変が起きたことは明らかです。

 脳梗塞だと思われます。こういう場合、通常でしたら即刻、救急車を呼んで緊急入院になります。しかし、それがはたして佐々木さんのためにいいことなのか、考えました。まさに終末期の医療の意味を考えたのです。

 私は病院の神経科医に電話をして状況を説明して相談をしたうえで、息子さんに連絡しました。結局、その日はそのままホームで様子を見ることにしました。

 翌朝、息子さんも付き添って病院に連れて行きました。積極的治療の適応ではないという医師の判断のもと、入院しないで帰ってきました。もうここでよけいなことはせずに、状況を見守りながら、そっと静かに逝かせてあげましょう、ということです。

 息子さんは、お母さんの緩やかな下り坂の様子をよくわかっていました。ここ数年の間に徐々に覚悟ができていたのでしょう。

 一日禁食にして、翌日からゆっくり水分摂取を始めました。その後二、三日少しだけ食べましたが、四日目からほとんど反応がなくなり、一週間目に家族に看取られて静かに一生を終えました。

 覚悟というと、意を決して心を決めるようなイメージがあるかもしれませんが、親の死という問題を一気に受けとめることのできる人はいません。しかし、人生の下り坂のなかで、認知症を受け入れる、老いを受け入れる、目の前の現実を一つひとつ受け入れているうちに、納得できるようになっていくのです。

 遠くに離れて暮らしていて、異変を聞いてやってきた人が、状況を受け入れられずに動揺し、「どうして病院に連れて行かないんだ」と息巻くのは、老いの下り坂のプロセスを見ていないからです。受け入れる時間をかけていないからです。

 老いも死も、素直に受け入れられるようになるには、「時」が必要です。

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著者

石飛 幸三

特別養護老人ホーム・芦花ホーム常勤医。 1935年広島県生まれ。61年慶應義塾大学医学部卒業。同大学外科学教室に入局後、ドイツのフェルディナント・ザウアーブルッフ記念病院、東京都済生会中央病院にて血管外科医として勤務する一方、慶應義塾大学医学部兼任講師として血管外傷を講義。東京都済生会中央病院副院長を経て、2005年12月より現職。著書に『「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか?』(講談社)、『「平穏死」という選択』『こうして死ねたら悔いはない』(ともに幻冬舎ルネッサンス)、『家族と迎える「平穏死」 「看取り」で迷ったとき、大切にしたい6つのこと』(廣済堂出版)などがある。

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