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よみものどっとこむ

第45回

124話~126話

2016.09.26更新

読了時間

124 仁の心をいつも持つことは大変難しいことだ


【現代語訳】

孔子先生は言われた。「顔回は何ヵ月もずっと心のあり方が仁から外れないことを実践できた。しかし、これは大変難しいことなので、その他の大ていの者は、たまに仁の心を持つことができるにすぎない」。


【読み下し文】

子(し)曰(いわ)く、回(かい)の其(そ)の心(こころ)三月(さんげつ)仁(じん)に違(たが)わず。其(そ)の餘(よ)(※)は則(すなわ)ち日月(じつげつ)(※)に至るのみ。


(※)其の餘……他の門人たち。

(※)日月……ここでは「一時」や「たまに」の意味。


【原文】

子曰、回也、其心三月不違仁、其餘則日月至焉而已矣、


125 人には適材適所がある


【現代語訳】

魯(ろ)の大夫(たいふ)(貴族)である季(き)康子(こうし)がたずねた。「仲(ちゅう)由(ゆう)(子(し)路(ろ))は、政治を担当できますか」。

孔子先生は言われた。「由(ゆう)(子路)は、勇気と決断力に優れています。政治を担当することは何でもありません」。「では、賜(し)(子(し)貢(こう))はどうでしょうか」。

先生は言われた。「賜(子貢)は事理に明るく明せきです。政治を担当することは何でもありません」。「では、求(きゅう)(冉(ぜん)求)はどうでしょうか」。

先生は言われた。「求(冉求)は教養があって多才です。政治を担当することは何でもありません」。


【読み下し文】

季(き)康子(こうし)、問(と)う、仲(ちゅう)由(ゆう)は政(まつりごと)に従(したが)わしむべきか。子(し)曰(いわ)く、由(ゆう)や果(か)なり。政(まつりごと)に従(したが)うに於(おい)て何(なに)かあらん。曰(いわ)く、賜(し)や政(まつりごと)に従(したが)わしむべきか。曰(いわ)く、賜(し)や達(たつ)(※)なり。政(まつりごと)に従(したが)うに於(おい)て何(なに)かあらん。曰(いわ)く、求(きゅう)や政(まつりごと)に従(したが)わしむべきか。曰(いわ)く、求(きゅう)や藝(げい)あり。政(まつりごと)に従(したが)うに於(おい)て何(なに)かあらん。


(※)達……事理に明るく優秀であること。


【原文】

季康子問、仲由可使從政也與、子曰、由也果、於從政乎何有、曰、賜也可使從政也與、子曰、賜也達、於從政乎何有、曰、求也可使從政也與、子曰、求也藝、於從政乎何有、


126 固い決意を示す必要もある


【現代語訳】

魯(ろ)の大夫(たいふ)(貴族)の季(き)氏(し)が、弟子の閔子騫(びんしけん)(※)を領地の費(ひ)の長官にしようと考えて使者を出した。

閔子騫は使者に言った。「どうか私のためにうまく断ってください。もし、再び来られるようであれば、私はこの国を去って、国境の汶(ぶん)の川向こうに行ってしまうでしょう」。


(※)閔子騫……閔は姓。名は損。子騫は字。魯の人。孔子の門人で孔子より十五歳年少。


【読み下し文】

季(き)氏(し)、閔子騫(びんしけん)をして費(ひ)の宰(さい)たらしめんとす。閔子騫(びんしけん)曰(いわ)く、善(よ)く我(わ)が為(ため)にこれを辞(じ)せよ。如(も)し我(われ)に復(ふたた)びする者(もの)あらば、則(すなわ)ち吾(われ)は必ず汶(ぶん)の上(ほとり)(※)にあらん。


(※)汶の上……汶水の流域。汶の上とは、ここでは魯の北方にある斉の土地を指す。


【原文】

季氏使閔子騫爲費宰、閔子騫曰、善爲我辭焉、如有復我者、則吾必在汶上矣、

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。著書に『超訳孫子の兵法』、『吉田松陰の名言100』、『武士道の名言100』、『真田幸村の凛とした生き方』(以上、アイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術』(誠文堂新光社)などがある。

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