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よみものどっとこむ

第46回

127話~129話

2016.09.27更新

読了時間

127 運命とわかっていても悔しがることで愛情を示す


【現代語訳】

弟子の伯(はく)牛(ぎゅう)(※)が重い病気になった。孔子先生はこれを見舞い、窓から手を差しのべて、手を握りながらこう言った。「こんなすばらしい人が死ぬ病気にかかるなんて。これも運命なのだろうか。この人がこんな病気にかかるなんて。この人がこんな病気にかかるなんて」。


(※)伯牛……冉(ぜん)伯(はく)牛(ぎゅう)のこと。冉は姓。名は耕。伯牛は字。魯の人。孔子の門人で孔子より七歳年少。


【読み下し文】

伯(はく)牛(ぎゅう)、疾(やまい)あり。子(し)これを問(と)い、牖(まど)より其(そ)の手(て)を執(と)りて曰(いわ)く、之(これ)を亡(うしな)わん(※)。命(めい)なるかな。斯(こ)の人(ひと)にして斯(こ)の疾(やまい)あり。斯(こ)の人(ひと)にして斯(こ)の疾(やまい)あらんとは。


(※)之を亡わん……惜しい人を亡くすこと。「こんなにすばらしい人が死ぬ病気にかかるなんて」と悔しがっている時に使う言葉である。


【原文】

伯牛有疾、子問之、自牖執其手、曰、亡之、命矣夫、斯人也而有斯疾也、斯人也而有斯疾也、


128 大切なことは常に自分の使命に打ち込むこと


【現代語訳】

孔子先生は言われた。「弟子の顔回は大したものだ。一ぱいの飯(めし)に一ぱいの飲み物で、路地裏の長屋住まいでも平気である。普通の人なら文句たらたらで生きていようが、顔回はまったく気にしない。相変わらず、自分の勉強、修養を第一として楽しんでいる。大した奴だ、顔回は」。


【読み下し文】

子(し)曰(いわ)く、賢(けん)なるかな回(かい)や。一箪(いったん)の食(し)、一瓢(いっぴょう)の飲(いん)、陋巷(ろうこう)(※)に在(あ)り。人(ひと)は其(そ)の憂(うれ)えに堪(た)えず、回(かい)や其(そ)の楽(たの)しみを改(あらた)めず。賢(けん)なるかな回(かい)や。


(※)陋巷……せまく汚い路地。むさくるしい横町、裏(うら)店(だな)。


【原文】

子曰、賢哉回也、一箪食、一瓢飮、在陋巷、人不堪其憂、回也不改其樂、賢哉回也、


129 自分の能力を自分で見限ってはいけない


【現代語訳】

弟子の冉求は言った。「私は先生の教える道はすばらしいものだと喜んでおりますが、力がないためについていけません」。

孔子先生は言われた。「本当に力がないのなら、力尽きてやめることになろう。しかし、お前はその前に自分の力はこんなものだと勝手にあきらめてしまっている。自分から見限るな」。


【読み下し文】

冉(ぜん)求(きゅう)曰(いわ)く、子(し)の道(みち)を説(よろこ)ばざるに非(あら)ず、力(ちから)足(た)らざるなり。子(し)曰(いわ)く、力(ちから)の足(た)らざる者(もの)は、中道(ちゅうどう)にして廃(はい)す。今(いま)、女(なんじ)は画(かぎ)る。


【原文】

冉求曰、非不説子之道、力不足也、子曰、力不足者、中道而廢、今女畫、

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。著書に『超訳孫子の兵法』、『吉田松陰の名言100』、『武士道の名言100』、『真田幸村の凛とした生き方』(以上、アイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術』(誠文堂新光社)などがある。

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