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よみものどっとこむ

第110回

298話

2016.12.30更新

読了時間

【 この連載は… 】 毎日数分で「東洋最大の教養書」を読破しよう! 『超訳 孫子の兵法』の野中根太郎氏による、新訳論語完全版。読みやすく現代人の実生活に根付いた超訳と、原文・読み下し文を対照させたオールインワン。

289 有名人であるより達人をめざせ


【現代語訳】

子張がたずねた。「士(し)、すなわち道を学ぶ志の高い人は、どのくらいになればいわゆる達の人と言えるでしょうか」。

孔子先生は言われた。「お前の言う達とはどういうものだ」。

子張は答えて言った。「諸侯に仕える公的な面でも必ず名が聞こえ(有名になる)、家での私的な面でも必ずいい評判となる人のことです」。

先生は言われた。「それは単に名が知られ、有名な人というのにすぎず、達とは言わない(達人ではない)。達人というのは、質実にして正義を愛し、人の言葉をよく聞き分け、人の顔色もよく見て、その奥にあるものを見通すことができる。しかも、思慮深く、謙虚さがあり、自分をへりくだる。こういう人であれば諸侯に仕える公的な面でも、家での私的な面でも達の人(達人)であると言える。有名なだけの人というのは、外見は仁者(とても凄い人)のように装ってはいるが、実際は大したこともできない。そのくせ世間から仁者と思われることが当たり前のようになっていて疑いもしない。それはそれで名が知られ、公的にも私的にも有名な人なのかもしれないが、達の人(達人)とはまったく違う」。


【読み下し文】

子張(しちょう)、問(と)う。士(し)は如何(いか)にして斯(ここ)に之(これ)を達(たつ)と謂(い)うべきか。子(し)曰(いわ)く、何(なん)ぞや、爾(なんじ)の所謂(いわゆる)達(たつ)とは。子張(しちょう)対(こた)えて曰(いわ)く、邦(くに)に在(あ)りても必(かなら)ず聞(き)こえ、家(いえ)(※)に在(あ)りても必(かなら)ず聞(き)こゆ。子(し)曰(いわ)く、是(こ)れ聞(き)こゆるなり。達(たつ)に非(あら)ざるなり。夫(そ)れ達(たつ)なる者(もの)は、質直(しっちょく)にして義(ぎ)を好(この)み、言(げん)を察(しっ)して色(いろ)を観(み)る。慮(おもんぱか)りて以(もっ)て人(ひと)に下(くだ)る。邦(くに)に在(あ)りても必(かなら)ず達(たっ)し、家(いえ)に在(あ)りても必(かなら)ず達(たっ)す。夫(そ)れ聞(き)こゆる者(もの)は、色(いろ)は仁(じん)を取(と)りて行(おこな)いは違(たが)い、之(これ)に居(お)りて疑(うたが)わず、邦(くに)に在(あ)りても必(かなら)ず聞(き)こえ、家(いえ)に在(あ)りても必(かなら)ず聞(き)こゆ。


(※)家……私的な面。


【原文】

子張問、士何如斯可謂之逹矣、子曰、何哉、爾所謂逹者、子張對曰、在邦必聞、在家必聞、子曰、是聞也、非逹也。夫逹者、質直而好義、察言而觀色、慮以下人、在邦必逹、在家必逹、夫聞者色取仁而行違、居之不疑、在邦必聞、在家必聞、


*298話が長文のため、今回は1話のみの掲載となります。



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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。著書に『超訳孫子の兵法』、『吉田松陰の名言100』、『武士道の名言100』、『真田幸村の凛とした生き方』(以上、アイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術』(誠文堂新光社)などがある。

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