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よみものどっとこむ

第180回

459話~461話

2017.04.13更新

読了時間

【 この連載は… 】 毎日数分で「東洋最大の教養書」を読破しよう! 『超訳 孫子の兵法』の野中根太郎氏による、新訳論語完全版。読みやすく現代人の実生活に根付いた超訳と、原文・読み下し文を対照させたオールインワン。

459 四十歳ごろからは人から憎まれてはいけない


【現代語訳】

孔子先生は言われた。「歳が四十にもなって、人から憎まれているようでは、もうだめだろう」。


【読み下し文】

子(し)曰(いわ)く、年(とし)四十(しじゅう)にして悪(にく)まるるは、其(そ)れ終(お)わらんのみ。


【原文】

子曰、年四十而見惡焉、其終也已、


微子(びし)第十八


460 仁の実践にはいろいろなやり方がある


【現代語訳】

殷(いん)王朝末期の紂王(ちゅうおう)(※)が暴政をしていたので、微子(びし)(※)はこれを諫(いさ)めたが、聞かれないため逃げ去り、殷の祖先の祭りを絶やさないようにした。箕子(きし)(※)と比干(ひかん)(※)は紂王のおじであるが、紂王を諫めたので箕子は奴隷とされ、比干は殺された。

孔子先生は言われた。「殷には、それぞれやり方は異なったけれども、三人の仁者がいたのだ」。


(※)紂王……殷王朝最後の王。周の武王に滅ぼされる。暴政を行った。帝辛ともいう。愛妾妲己(だっき)におぼれ、「酒池肉林」の享楽にふけったとされる。

(※)微子……殷の帝乙の長子で紂の腹違いの兄。紂王をしばしば諫めたが、聞かれないので、祖先を祭る道具を持って微に逃げた。後に周の武王に許されて、子爵の位を与えられた。ゆえに微子という。

(※)箕子……紂のおじ。同じく紂王を諫めたが聞かれず、気が狂ったように見せて奴隷となった。史記の微子世家によると、殷が周の武王に倒された後、箕子は朝鮮に封ぜられたという。

(※)比干……紂のおじ。紂王を諫めたために殺された。


【読み下し文】

微子(びし)は之(これ)を去(さ)り、箕子(きし)は之(これ)が奴(ど)と為(な)り、比干(ひかん)は諫(いさ)めて死(し)す。孔子(こくし)曰(いわ)く、殷(いん)に三仁(さんじん)有(あ)りき。


【原文】

微子去之、箕子爲之奴、比干諫而死、孔子曰、殷有三仁焉、


461 今の場所でがんばってみる(正しい道を通すことをあきらめない)


【現代語訳】

柳下恵は、魯の獄官の長である裁判官に三度任命されたが、三度やめさせられた。そこである人が言った。「他の国に行って任官されないのですか」。

柳下恵は答えて言った。「今の世の中で人に仕えて正しいと思うことを通そうとすると、どこの国に行こうと三度くらいはやめさせられるでしょう。道をまげて人に仕えるのであれば、どこでも仕えることはできるでしょうが、そんなことをするために、どうして父母の国を去る必要があるでしょうか」。


【読み下し文】

柳下恵(りゅうかけい)は士師(しし)(※)と為(な)り、三(み)たび黜(しりぞ)けられる。人(ひと)曰(いわ)く、子(し)は未(いま)だ以(もっ)て去(さ)るべからざるか。曰(いわ)く、道(みち)を直(ただ)しくして人(ひと)に事(つか)えば、焉(いずく)んぞ往(ゆ)くとして三(み)たび黜(しりぞ)けられざらんや。道(みち)を枉(ま)げて人(ひと)に事(つか)えば、何(なん)ぞ必(かなら)ずしも父母(ふぼ)の邦(くに)を去(さ)らん。


(※)士師……獄官の長。裁判をつかさどった。


【原文】

柳下惠爲士師、三黜、人曰、子未可以去乎、曰、直衜而事人、焉徃而不三黜、枉衜而事人、何必去父母之邦、



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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。著書に『超訳孫子の兵法』、『吉田松陰の名言100』、『武士道の名言100』、『真田幸村の凛とした生き方』(以上、アイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術』(誠文堂新光社)などがある。

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