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よみものどっとこむ

第63回

177話~179話

2016.10.21更新

読了時間

177 わざわざ反論することもない時もある


【現代語訳】

陳(ちん)の国の司敗(しはい)(司法職)という職を務める長官が、「あなたの主君魯(ろ)の昭(しょう)公(こう)(※)は礼を知っておられましたか」とたずねた。

孔子先生は言われた。「知っています」。

そして、先生は退出された。その後、司敗は先生の門人の一人巫(ふ)馬期(ばき)(※)に会釈(えしゃく)してから前に進ませ、「君子は仲間びいきをしないと聞いているが、孔子のような君子でも仲間びいきをされるのか。昭公は呉の国から夫人をめとられたが、姓が同じ『姫(き)』であることをごまかして、呉(ご)孟子(もうし)(※)と称している。昭公が礼を知るというのなら、誰が礼を知らないというのであろう」と言った。

巫馬期がこのことを先生に報告すると、先生は言われた。「丘(きゅう)(孔子のこと)はしあわせ者である。私が間違えると、他の人がこうして教えてくれるのだ。ありがたい」。


(※)昭公……魯の君主。名は稠。襄公の庶子。

(※)巫馬期……巫馬は姓、期は字である。名は施。孔子の門人。

(※)呉孟子……魯の昭公の夫人。本来は「呉孟姓」と称するべきところを、「同姓めとらず」の古礼に反することを避けるため「呉孟子」として、子姓の宋からめとったようにした。孔子は、このことを知っていたとは思うが、主君のことであるから、知らなかったようにして「教えてくれてありがとう」との態度を取ったとみられる。


【読み下し文】

陳(ちん)の司敗(しはい)問(と)う。昭(しょう)公(こう)は礼(れい)を知(し)るか。孔子(こうし)曰(いわ)く、礼(れい)を知(し)る。孔子(こうし)退(しりぞ)く。巫(ふ)馬期(ばき)に揖(いつ)して揖(ゆう)してこれを進(すす)めて曰(いわ)く、吾(われ)聞(き)く、君子(くんし)は党(とう)せず、と。君子(くんし)も亦(ま)た党(とう)するか。君(きみ)は呉(ご)より娶(めと)り、同姓(どうせい)たり。これを呉(ご)孟子(もうし)と謂(い)えり。君(きみ)にして礼(れい)を知(し)らば、孰(た)れか礼(れい)を知(し)らざらん。巫(ふ)馬期(ばき)、以(もっ)て告(つ)ぐ。子(し)曰(いわ)く、丘(きゅう)や幸(こう)なり。苟(いやし)くも過(あやま)ちあれば、人(ひと)必(かなら)ずこれを知(し)らしむ。


【原文】

陳司敗問、昭公知禮乎、孔子對曰、知禮、孔子退、揖巫馬期而進之曰、吾聞、君子不黨、君子亦黨乎、君取於呉、爲同姓謂之呉孟子、君而知禮、孰不知禮、巫馬期以告、子曰、丘也幸、苟有過、人必知之、


178 よいものを素直に楽しめる


【現代語訳】

孔子先生は、人といっしょに歌われる時、相手がうまいとわかると、自分はやめて、もう一度初めから歌ってもらい、その後いっしょに歌われた。


【読み下し文】

子(し)、人(ひと)と歌(うた)いて善(よ)しとすれば、必(かなら)ずこれを反(かえ)せしめ、而(しか)る後(のち)、之(これ)に和(わ)す。


【原文】

子與人歌而善、必使反之、而後和之、


179 学んでわかっていることも実践することは難しい


【現代語訳】

孔子先生は言われた。「本を読み、知識を学ぶことは人並みにやれてきた。しかし、君子としての実践はまだまだできていない」。


【読み下し文】

子(し)曰(いわ)く、文(ぶん)は吾(わ)れ猶(な)お人(ひと)のごとくなること莫(な)からんや。君子(くんし)を躬行(きゅうこう)することは、則(すなわ)ち吾(わ)れ未(いま)だこれを得(え)ることあらざるなり。


【原文】

子曰、文莫吾猶人也、躬行君子、則吾未之有得也、

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。著書に『超訳孫子の兵法』、『吉田松陰の名言100』、『武士道の名言100』、『真田幸村の凛とした生き方』(以上、アイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術』(誠文堂新光社)などがある。

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