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よみものどっとこむ

第86回

241話~242話

2016.11.25更新

読了時間

【 この連載は… 】 毎日数分で「東洋最大の教養書」を読破しよう! 『超訳 孫子の兵法』の野中根太郎氏による、新訳論語完全版。読みやすく現代人の実生活に根付いた超訳と、原文・読み下し文を対照させたオールインワン。

241 着る服にもこだわりを持つ


【現代語訳】

孔子先生は着るものについても礼儀にのっとり、自分の中で決まりをつくっておられた。まず、先生は紺色や赤茶色でえりやそでを飾られなかった。赤や紫は派手でなまめかしいので普段着にはしなかった。夏の暑い時は葛くず布の単衣であったが、必ず上衣を着て外出された。黒い服には子羊の黒い毛皮、白い服には小鹿の白い毛皮、黄色い服には狐の黄色い毛皮という具合に、服の色を合わせるようにしておられた。普段着の服はたけが長く、右のそでは短く便利にしておられた。寝る時は必ず寝まきに着がえ、身長の一倍半のものを着られた。家にいる時は、むじなの毛の厚い皮の敷物をしかれておられた。喪に服する時以外は、装身具もつけられた。礼服の時には腰の部分にひだをつけるが、そうでない時はひだをつけられなかった。黒色は吉礼の時に使われるので、黒い毛皮、黒い冠では弔問や喪式に行かれなかった。大夫を退いた後も、毎月一日(朔日)には、礼服を着て、朝廷にあいさつに行かれた。


【読み下し文】

君子(くんし)は紺緅(かんしゅう)(※)を以(もっ)て飾(かざ)りとせず。紅紫(こうし)は以(もっ)て褻服(せっぷく)と為(な)さず。暑(しょ)に当(あ)たりては縝(ひとえ)の絺綌(ちげき)(※)、必(かなら)ず表(ひょう)して之(これ)を出(い)づ。緇衣(しい)には羔裘(こうきゅう)、素衣(そい)には麑裘(げいきゅう)、黄衣(こうい)には狐裘(こきゅう)。褻裘(せつきゅう)は長(なが)く、右袂(ゆうべい)を短(みじか)くす。必(かなら)ず寝衣(しんい)有(あ)り。長(なが)さ一身有半(いっしんゆうはん)。狐貉(こかく)の厚(あつ)き以(もっ)て居(お)る。喪(も)を去(さ)れば佩(お)びざる所(ところ)無(な)し。帷裳(いしょう)(※)に非(あら)ざれば、必(かなら)ず之(これ)を殺(さい)す。羔裘玄冠(こうきゅうげんかん)(※)は以(もっ)て弔(ちょう)せず。吉月(きつげつ)には必(かなら)ず朝服(ちょうふく)して朝(ちょう)す。


(※)紺緅……「紺」は紺色。「緅」は赤茶色。

(※)絺綌……葛布。

(※)帷裳……礼服の場合の裳(も)。腰の部分にひだをつけた。

(※)羔裘玄冠……黒い子羊の毛皮の服と黒い絹でおおった冠。


【原文】

君子不以紺緅餝、紅紫不以爲褻服、當暑縝絺綌、必表而出之、緇衣羔裘、素衣麑裘、黃衣狐裘、褻裘長、短右袂、必有寢衣、長一身有半、狐貉之厚以居、去喪無所不佩、非帷裳必殺之、羔裘玄冠不以弔、吉月必朝服而朝、


242 斉戒沐浴する時の心がけ


【現代語訳】

孔子先生が祭などのために斉戒沐浴(さいかいもくよく)される時、必ず特別の明衣(めいい)を着られたが、それは麻布でつくられていた。食事も変えられて、ネギやニラのようににおいの強いものは用いられなかった。休まれて、くつろがれる時には、座る場所を移された。


【読み下し文】

斉(さい)(※)するには必(かなら)ず明衣(めいい)(※)有(あ)り、布(ぬの)もてす。斉(さい)するには必(かなら)ず食(しょく)を変(へん)ず。居(きょ)には必(かなら)ず坐(ざ)を遷(うつ)す。


(※)斉……ものいみ。いわゆる斎戒沐浴すること。一定の規律を守って心身のけがれを取り去ること。

(※)明衣……清浄潔白にした衣。


【原文】

齊必有明衣布也、齊必變食、居必迁坐、


*241話は長文のため、今回は2話のみの掲載となります。



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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。著書に『超訳孫子の兵法』、『吉田松陰の名言100』、『武士道の名言100』、『真田幸村の凛とした生き方』(以上、アイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術』(誠文堂新光社)などがある。

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